[特集]この出版大不況に元気な出版社「エイ出版社」 ~好調の秘訣は“ニッチメジャー”~
雑誌が売れない。次々と休刊が続く出版業界で、元気な出版社がある。
エイ出版社である。
同社は趣味の雑誌を中心に展開。
代表的な雑誌としては、アメリカンカルチャー誌「Lightning」などがある。
同社は、雑誌でありながらテーマをこれでもか!というくらい絞り込んで紹介している。
犬を扱ったペット雑誌、というだけでなく「レトリバー」を飼っている方だけを対象にした雑誌や、オートバイ雑誌というだけでなく「ハーレー」ユーザーだけを対象にした雑誌など、そんなに絞って大丈夫か?と思うほど細分化した雑誌を発行し、しかも読者から熱狂的な人気を誇っている。
同社の魅力について、株式会社エイ出版社 メディアマーケティング部部長の徳海宏志氏に語っていただいた。
趣味ごとという絞り方では足りない、細分化された雑誌ジャンル
同社は書店に雑誌を流通させている出版社でありながら、1冊全部ハンバーガーのムックを作ったり、1冊全部デニムのムックなど、読む人を絞り込んだ雑誌を出版している。
実は、ここまでターゲットやコンテンツを絞り込んでも、10万部の実売があるという。
徳海氏はこう語る。
「100万部はいかない、けど堅いんです。確実に10万部は売れる。それ以上に我々も、読者のライフスタイルや着ている服などがきちんと見えるんです。」
この、読者の着ている服までもきちんと見えている状況がいかにメディアにとって大切かは、この取材の後半部分で語られることになる。
株式会社エイ出版社 メディアマーケティング部 部長 徳海宏志 氏
では、具体的にそれぞれの雑誌はどのような考え方に基づいて作られているのか。
いくつか具体的な例を挙げていただいた。
世田谷に暮らす家族を対象にした『世田谷ライフ』
世田谷だけを対象にした本誌だが、徳海氏によればそれでも雑誌として成り立つという。
「世田谷の人口は約80万人、これを県に当てはめると例えば島根県があてはまります。各県にはエリア誌というものが成立していますから、実は世田谷だけのエリア誌も成り立つ、というわけです。」
「RETRIEVER」
犬に関連した雑誌は無数にあるが、エイ出版が雑誌を作るとレトリバーだけの情報を取り扱う誌面が出来上がる。
「レトリバーをこよなく愛している方は全国に何万人もいます。そういう方にとっては、書店にレトリバーという雑誌があれば、思わず手にとってしまう。イベントを開催しても非常に熱心で、レトリバーが非常に好きな方々だけが集まるんです。」
たとえ発行部数を絞り込んだとしても、レトリバーの飼い主からの厚い支持が得られれば末長く購読してもらえる。
イベントでも、読者同士の交流が自然と生まれ、結果としてイベントの盛り上がりや物販の成功に結びつくというわけだ。
サーフィン誌「NALU」「SURF TRIP JOURNAL」
サーフィン誌の中でも、ロングボード限定の雑誌など、こちらもターゲットを絞り込んでいる。
ゴルフ雑誌「EVEN」
通常のゴルフ専門誌と比較して、テクニックなどのコンテンツだけがメインではない。
アスリートを目指すと同時に、スタイリッシュなアマチュアゴルファーを意識した誌面構成に。
従来のゴルフ雑誌では専門的過ぎる、と感じるゴルファーは意外と多い。
この雑誌の編集長は、このゴルフ雑誌立ち上げ時からゴルフを始めたのだという。
誌面で自分がまだ下手だという事を公言し、道具を色々と試したり、練習する姿は読者の共感を呼んでいる。
ターゲット層が広そうではあるが、読者像は意外にもはっきりとしている。
徳海氏によればエイ出版社では「EVEN」のように編集長が興味を持つことで雑誌を創刊する事が多いという。
その趣味に対して下手でも好きであれば、読者目線での誌面づくりができる。
編集者がどうにかして好きな趣味を上手くなろうとする、その過程での試行錯誤を誌面に生かすことが、読者からの支持を集めることにもつながる。
また、エイ出版社では不況の中でも、新創刊される雑誌は少なくない。
昨年、季刊誌としてスタートした“日本の魅力を再発見する雑誌”をコンセプトにした「ディスカバージャパン」は、読者からの好評を受け、この9月から隔月刊誌として新創刊された。
また、以前から展開をすすめていた「アウトドア」関連の雑誌としては、山登りをテーマにした「ピークス」、さらに、女性にターゲットを絞ったアウトドア誌「ランドネ」が相次いで創刊され、早くも話題を集めているという。
ランドネは、アウトドア雑誌の中でも女性だけをターゲットにした異色の雑誌。
雑誌、イベント、そして販売まで
もう一誌、楽園ゴルフという雑誌があるが、こちらは女性ゴルファー向けでファッション提案がメインのフリーペーパー。
ゴルフウェア専門のファッションショーも展開しており、毎回満員になる盛況ぶりだという。
「最近では小田急ハルクさんと連携して、ファッションショーを売り場で再現する催事を開催しました。ファッションショーで登場したウェアが買える、という雑誌での紹介からモデルを使ったリアルイベントへの連動、販売までを提供しています。」
雑誌でファンとなる読者を作りだし、ファンをイベントに集めて、商品を買ってもらうところまでを提供する垂直分業モデルだ。
ゴルフウェア専門のファッションショーは毎回満員になる。
こうした出版社による垂直分業モデルにはメリットが多い。
読者にとっては雑誌だけでなくイベントにも参加できる上に、欲しいと思った商品を実際に買う場所まで用意されているという便利さを提供できる。
広告主でもあるメーカーにとっては、質の高い読者を持つ雑誌での広告やタイアップに加えてリアルイベントでの商品告知、さらには小売店の催事が連動して商品の販売までができる。
また、エイ出版社が小売店と共催する催事を通して新たな流通経路を作ることができたメーカーもあったという。
小売店にとっては、雑誌メディアによる告知によりこれまで来店した事のなかった顧客の来店や、売上が得られる。
催事の企画に苦労する小売店にとって、こうした雑誌連動型のイベントは好評だ。
もう一つ、同社を代表する雑誌『Lightning』と『CLUB HARLEY』の共催イベント、『稲妻フェスティバル』の事例を紹介いただいた。
『稲妻フェスティバル』は、アメリカンカルチャーやバイク関連の小売が約150店舗出店する、巨大フリーマーケット。
『Lightning』と『CLUB HARLEY』誌上で告知をして集めるので、来場するのはほぼ100%その読者。
徹夜組も出る人気イベントで、開門と同時に来場者が殺到し、数万円するようなジャケットなどが飛ぶように売れていくという。
通常、イベントというのは新聞に告知を打ったり、ラジオで告知を流したりして集客するものだが、エイ出版社のイベントは自社の雑誌で告知をするだけ。
10万部の雑誌で、2万人がイベントに参加する。
『稲妻フェスティバル』の盛り上がりから、いかにエイ出版社の雑誌が熱狂的なファンを獲得しているのかが分かる。
このように、ターゲットを絞り込み、熱心なファン層をつかまえることで、イベントを通して全ての人にメリットが提供できる、というわけだ。
「絞り込まれた世界の中でもメジャーである『ニッチメジャー』を目指したい。
ユーザーから圧倒的な支持を得られれば、おのずと成果はついてくる、と信じています。広告も大切ですが、クライアントからの要望だけでタイアップ満載の誌面構成をしたとき、読者の皆様からの支持は得られません。そうなると、クライアントにもきちんとした成果をお渡しすることが難しくなります。」
広告主も最近ではとにかく大量の何十万部という部数を発行すれば効果がある、とは考えなくなっている。
近年のマス広告媒体の衰退ぶりから、数のバリューというのは、既に崩壊しているという意見もある。
この状況というのは、エイ出版社にとってはチャンスである。
「エイ出版社から出版した雑誌では、大きな部数は難しいかもしれません。ただし、その読者の方々からは、熱い支持をいただいていると確信しております。」(徳海氏)
実売部数が下がり続けている出版社とは対照的ともいえるコメントだ。
ターゲットを絞ることで、量よりは質、どういう読者が根強いファンになるか?が分かっているのである。
根強いファンを持つにはもう一つ理由がある
雑誌の販売経路についても、同社は通常の出版社とは異なる。
自転車雑誌ならば自転車の専門店、釣り雑誌ならば釣具店、サーフィン雑誌ならサーフショップなどに置いてもらう直販の割合が高い。
「専門店に置いているので、顔なじみのお客さんが毎月買って帰ってくれるんです。これはつまり、毎号10冊入れると10冊売れる、という状況です。」(徳海氏)
こうした直販の販売網が、各ジャンルで全国に展開されている。
ほぼ、みなし定期購読と言っていい状況が作り上げられているわけである。
返本率40%と言われる日本の書店流通にあって、直販比率50%の専門誌もあるという安定した販売網の存在は大きい。
こうした雑誌、イベントづくり、雑誌販売網づくりにより、エイ出版社の売上はこの垂直落下の出版不況でも大きな落ち込みは無いという。
取引先となる広告主は、以前なら大半が直取引の中小企業や専門店だが、ここ最近ではナショナルクライアントも出稿を始めている。
大部数を誇る一方で、読者のセグメントがされていない他誌から広告を引き上げた大手企業が、部数は少なくてもターゲットを絞り、熱狂的な読者を抱えるエイ出版社に声をかけることが増えたためである。
出版不況といわれ、相次ぐ休刊だけでなく出版社の倒産が世間を騒がせている。
こうした中でも、読者から愛され、広告主からも愛されて売上を伸ばしているエイ出版社から、今後も目が離せない。(杉山)