グローバルビジネスで活躍したい広告人へ

Between the tall buildings.

日本と世界との間に在る小さくて大きなマネジメントのギャップ

 

日本と外資、双方の広告会社で20-30代を過ごし、40代で外資のブランドコンサルティング会社の経営者へと転じた小々馬 敦(こごま あつし)氏の独自の視点から、日本企業とグローバル企業の間に存在する経営、マーケティング、そして広告管理に関する小さいけれど無視できない大きな違いについて語る!(全10回予定)

小々馬 敦

第1回:「企業価値」と「広告」。この関係についてクライアントに語れますか。

■「企業価値」って。理解できているようで、実は漠としていませんか?

 広告会社の皆さんとプロジェクトをご一緒させていただくことも多いのですが、企画提案書に、広告やキャンペーンの目的を「企業価値の増大」と謳っているケースを多く拝見します。若手の優秀なプランナーの提案書、中堅の営業担当者のトークに多い気がしますが、企業価値の増大の重要性について考慮されているので、その姿勢はたいへん好ましいのですが、見るたび聞くたびに、少し心配になります。(失礼!ごめんなさい!)
もし、クライアントに「御社が提案されている企画内容と、弊社の企業価値増大とはどのようにつながるのでしょうか?」と質問された際にどのように答えるのでしょうか。

 広告会社の担当者は以前よりも経営層に相対する機会が増えていると思います。時にはCFOや購買部など予算投資効率に非常に厳しく精査する方とのミーティングもあるでしょう。ファイナンス部門では、「企業価値」とは「将来キャッシュフローの現在価値」という明確な定義を持っています。

「本キャンペーンの目的は、御社の企業価値を増大することです。」と謳うのであれば、提案する計画が企業価値の増大にどのような恩恵があるのか、何を指標(KPI)として判定できるのか、そして提案する施策はその指標に如何に影響するのかというロジックまでを持っていないと提案が良くてもパートナーとしての信頼を失うことにもなります。

 私はブランドマネジメントを専門としますが、やはり「ブランディング」の言葉自体が曖昧なために、プロジェクトを提案する際には可能な限りKPを定義しロジックを説明することで、予算投下の妥当性と成果への期待値を理解いただき投資判断していただくように心がけています。

 

 

■「企業価値」についてクライアントに語ろう。

 経済紙のインタビュー記事で経営者が「企業価値の増大」について語っているのを毎日のように目にします。なぜ、経営者は企業価値をここまで大切に取り上げるのでしょうか。それは、「ゴーイングコンサーン」という経営コンセプトに基づいています。
現代企業は幅広いステークホルダーをコミュニケーションの対象とする社会的な存在になっていますので、経営の本分を自社利益の獲得以上に「事業継続することにより社会に価値を提供し続けること。」として日々のオペレーション(価値創造活動)を遂行しています。
一方、世界に事業を拡張するグローバル企業は、不確実性の大きい国際的な経営環境の中で、より確実に生存していくことを志しています。そして、生存の条件として「企業価値を増大すること」が必須となっているのです。日本企業の経営者も国内でシェア競いをしている頃にはあまり意識していなかった考え方ですが、海外進出を進めグローバル規模の経営環境、ステークホルダーを意識し始め、このところ急速に発言が多くなってきています。

 企業価値はステークホルダーが認める当該企業の存在価値であり、そのコンセンサスが大きい企業ほど、「明日も、10年後も生き残ってほしい企業」という評判を確かに持っていると言い換えることができます。この社会的なコンセンサスを金額に換算した代表的な企業評価が「株式時価総額」です。株価は株式市場で手に入るあらゆる情報を織り込んで、専門家が評価した評価値の総体」ですので世の中で最も客観的な評価と捉えられます。

 現代企業にとって企業価値の重要性について語ることができましたが注意してください。
株式時価総額は評価のスケールであって目的ではありませんね。非上場の企業の方には他人ごとに聞こえてしまいますので株価の話は参考程度に収めます。(軽視してはいけないのですが。)
また、良く提案書に使用される「評判を高める」という言葉も耳に心地よいですが管理対象としては曖昧すぎますね。
そこで、企業価値を語る上で大切なポイントを2つお話します。経営と事業レベルの話です。
説明の便宜上、
 ・見えにくい価値を見えるようにして伝える「経営(コーポレートコミュニケ―ション)」
 ・数値により企業価値を捉えられるようにする「事業」というようにレベルを分けます。

 

 

 

【1】コミュニケーション力の差が企業価値の差となること。企業価値は第3者、相手が評価します。自社でできることは価値を伝える、主張することです。自らの価値について正確に理解しステークホルダーに伝える活動に優れる企業は、本来あるべき評価を得ることができます。これは主にコーポレートコミュニケーションの使命で、ステークホルダーとの間にある「情報の非対象性」を解消することで適正な評価を獲得し、経営の資本コストを低減するという効果が期待できます。この件は、「企業広告の期待効果について」後のコラムで詳しくお話しします。

【2】事業価値を高める。
 企業価値=事業価値+非事業価値
で構成されます。企業価値は事業価値が基本にあり、その上に①の評価が加味されると捉えてください。金融工学を駆使して非事業価値を高めるファイナンス理論と異なり、広告・マーケティングは事業の収益を高めて事業価値を増大することを前提とします。(企業/事業価値はともに、「将来稼ぐキャッシュフローの現在価値」と計算するのですが このアプローチについても、別途後のコラムでお話しさせてください。)

今回は、広告、マーケティング施策と企業価値の増大とを繋げて語るために②に焦点し、事業価値の視点から話を続けます。

 

 

 

■「企業価値」を語るシンプルな公式

 企業価値を事業の視点からシンプルに分解すると下の公式になります。

  企業価値=収益性×成長性

 例えば、投資家が評価するのは当該企業が営む事業の「収益性」と、公表している事業戦略の実現性、経営者の実行能力などを加味した「成長性」についてです。様々な企業評価の指標を眺めてみても、この2つのファクターを評価していることがわかります。つまり、収益性(=資本の運用効率)が高く、確かに成長を続けていくだろうと予測できる企業ほど、企業価値が大きいと判定されます。

 さらに、因数分解してみましょう。
収益性=顧客数×顧客単価、成長性=将来の購買回数 と捉えて前の式に代入してみます。

  企業価値=顧客数×顧客単価×将来の購買回数

 どうですか、CRMの管理対象である顧客生涯価値(LTV)に近づいて見えてきました。

 因数分解と代入を続けます。

  顧客単価=購買金額×購買範囲 

 顧客単価は製品・サービスのプレミアムを高めること、購買範囲はクロスセルやアップセルによって高まっていきますね。

将来の購買回数=購買頻度×購買継続期間
これを代入します。

  企業価値=顧客数×購買金額×購買範囲×購買頻度×購買継続期間

 うーん。ここまでくると、個別のマーケティング施策で管理可能な指標に近づいてきました。
さらに、顧客数は、入店率×購買率。広告認知率×購買率。などと分解していけば、施策の成功によって公式のどの部分が高まるのか期待が見えるようになります。

 このように、因数分解していくことで「企業価値」という漠然とした概念から広告・マーケティングで直接管理が可能な変数が見えてきます。個々の施策は必ず公式のどこかに効くはずです。そのメカニズムを理解できれば「広告・マーケティングが企業価値増大に好影響を与える」ことを語ることができます。クライアントに屁理屈に聞こえない程度に、合点が効くファクターを公式の中に並べることがポイントです。

 

 

いかがでしたか。
1回目なので要領を得ず、たいへん長文になってしまいました。すみません。
ここまで読んでいただきありがとうございます。

 次回、第2回(2013年1月掲載予定)では「差別化って、本当に大切ですか?」をテーマにします。企画会議で「差別化」という言葉が乱れ飛びますが、グローバル企業の戦略会議では、戦略的に意思決定する「事業のポジショニング」と、マーケティング計画における「差別化によるポジショニング」とを区別しています。「ポジショニング志向」の外資と「差別化志向」の日本企業のマーケティング。そんな視点についてお話させていただきます。

 

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