第4回:CMクリエイティブの定量化で見えてくる適切な広告投下量
テレビCMを構成する要素には大きく分けて「クリエイティブの質」と「広告出稿の量」がある。それぞれが別モノのように考えられているCMのクリエイティブづくりと広告投下量だが、鷹野氏は常々「広告効果は質と量のかけ算」をモットーとしている。いったい、「広告の質と量」にはどのような関係があるのだろうか?
■CMを3つのポイント(3主軸)で捉える
ーー今回は、広告の「質と量」についてお話をうかがいたいと思います。なぜこれら双方の関係性を考えなくていけないのでしょうか。
鷹野義昭(以下、鷹野):例えば、インパクトの強いCMの場合、視聴者の記憶に残る効果が高くなりますから、比較的少ない広告投下量で目標とする到達度が得られます。到達効率は高くなり、広告投下量は絞り込むことができますよね。
ーーでは、インパクトの強いCMが理想ということでしょうか?
鷹野:いえ、一概にそうとは言えません。インパクト型CMの代表例に商品名連呼型のCMがあります。新商品の導入段階で、知名度の向上が目的の場合はこれでもいいでしょう。しかし、その商品の「機能」を視聴者に伝えようとした場合は、きちんと商品の内容や利便性をCMの中で伝えなければならず、相対的にインパクトが弱くなるのは当然です。結果、目標とするCM到達度を達成するためには、内容理解型CMはインパクト型よりも多くの広告投下量が必要となるのです。
ーーどのようなクリエイティブのCMをどれくらい出稿するかは、企業にとって、とても重要な問題ですね。
鷹野:第2回でお話したように、商品やサービスによって「認知を高める」「内容を理解させる」「イメージを高める」「webに誘導する」などCMの目的は異なります。「CMが好きかどうか」、つまり、視聴者にCMが受け入れられたか否かだけを見ていては課題の解決に対して不十分なんです。好き嫌いの人気投票だけに評価基準を依存していることには、大きな問題があると思います。
ーーおおまかに言って、どういった軸でCMのクリエイティブは捉えられますか?
鷹野:我々がCM3主軸と呼んでいるものがあります。1.好意軸、2.内容理解軸、3.インパクト軸ですね。レーダーチャートのグラフにした時に、これらの3軸がつくる三角形の面積が大きいほどマーケティング的に優れたCMと考えられます。ただし、15秒、30秒のCM尺のなかで全てを満たすのは至難の業。計画当初からどの軸をしっかり押さえていくか決める必要があります。
ーー必ずしも全ての軸で高いスコアを獲得する必要はない、ということでしょうか。
鷹野:CM好意度が相当低いにもかかわらず、商品が爆発的に売れた例があります。以前テムズで調査した下痢止め薬は、1.好意度は非常に低く、2.内容理解度と3.インパクトは驚くほど高いスコアでした。CM戦略の立案段階で、下痢で困るシチュエーションやシーンを徹底的に考え、CMクリエイティブに落とし込んだものです。視聴者の共感は得られても、CMを「好き」になることはまずない。しかし、商品の特徴は理解され、確実に購買へ結びつきました。
ーー送り手側による「コミュニケーション課題の達成」こそが、「視聴者の人気投票」よりも重要と考えさせられる典型例ですね。
鷹野:コミュニケーション課題を、前々回掲載したパーチェスファネルから抽出する。ファネル上のボトルネックの解消を中心として、さまざまな目標指標を設定しなければなりません。つまり、クリエイティブを定量化することによって、それらの目標指標に対して寄与できたかどうかを、見える化していくのです。
ーー逆に、広告投下量からクリエイティブを考えることもあるのでしょうか?
鷹野:はい。例えば、かなり広告予算が絞られていて広告投下量があまり確保できない。その場合は、たとえ内容理解型のCMや情緒感を大切にしたクリエイティブであっても、ある程度のインパクトを確保しなければ記憶に残りません。投下量を踏まえて、CM表現をつくるクリエイターは非常に少ないですが。
■CMは1回見だけでは記憶に残らない?
ーー続いて、「CMの量」についてもおうかがいしたいと思います。
鷹野:少しでも予算があればCMを出稿すればいい、というような単純な話ではありません。投下量が少なすぎればティッピング・ポイントを越えることができず、出稿してもCMが効果的に働きません。
ーーティッピング・ポイントとはどのようなものでしょうか?
鷹野:ある段階を越えないと、効果が十分に発揮されない”閾値(いきち)”のことです。例えば、何千人も乗れる大きな船を思い浮かべてください。港を出港するとき、止まっていた船のスクリューはすぐには十分な速度に上がらない。でも、ある程度スクリューを回し続けると、船は快適なスピードで大海原を進んでいきます。「ティッピング・ポイントを越えない」とは、大型船が湾内でゆっくりと静かに航行している準備段階で、広告投下をやめてしまうようなもの。広告投下量に対し、認知や購入意向といった目的指標が直線的に正比例して伸びていくものではないのです。
ーーでは、どのくらいが最低限必要な投下量なのでしょうか。
鷹野:CM出稿直後に、実視聴感覚で3回以上見たと視聴者が回答できなければ、その後CMが記憶に残ることはないでしょう。従来から「3ヒット理論」と呼ばれるセオリーがありましたが、まさに最低3回は見せないと記憶に残すのは難しいですね。
ーー“実視聴感覚”とはどのような指標でしょうか?
鷹野:視聴者が「実際に何回CMを見たか」、つまり「CMを見たことを記憶している」という指標で、視聴者に対するアンケート調査によって得られます。一方、広告代理店などが伝えるフリークエンシー(視聴回数)は、GRPから推計した理論値なので、実視聴感覚よりも、相当甘く算出される傾向にあります。そのまま鵜呑みにするのは危険でしょう。実際の視聴者の感覚に基づいた実視聴感覚は、CM戦略を策定する上で、非常に重要な指標となります。理論値で推計したフリークエンシーが多くても、実視聴感覚の接触回数が少ないCMは記憶に残っていないことになりますから、当然CM効果は低くなります。
ーーでは、少ない出稿量しか確保できない予算では、CMを打つ意味がない?
鷹野:いえ、特定の番組のスポンサーとなることで、狭いターゲットにフリークエンシーを高め、深く届かせる方法でティッピング・ポイントを越えることができます。また、売場への商品配荷を目的に、バイヤーを意識したCMを打つ場合は、少ない出稿量でも意味があると言えるでしょう。
ーー記憶に残るだけでなく購買につなげる効果を最大化するために、CMを何回くらい見てもらうのがよいのでしょうか?
鷹野:繰り返しCMを見ることで、記憶に残るだけでなく「商品が好きになる」「商品内容の理解が深まる」という効果があります。好意度のピークとしては、実視聴感覚で6回~7回程度です。その後の出稿で、視聴回数が増えても好意度はある程度維持します。CMタイプとの関係では、「内容理解型」のCMであれば、より多くの視聴回数が必要になり、インパクト型CMであれば、より少ない回数で好意度のピークを迎えます。
■流せば流すほど嫌われるCM!?
ーー「好意度のピーク」とは、つまり「それ以上は好意度が上がらない上限値」ということでしょうか?
鷹野:好意度のピークとなる実視聴感覚の回数を大幅に越えると、好意度が頭打ちになるだけではなく、打てば打つほど好意度が下がってしまう現象がおきます。過剰にCMを投下してしまうと、視聴者から飽きられてしまい、“食傷感”が生まれてしまうんです。
ーーCMを打てば打つほど嫌われてしまう……。予算を投じて、嫌われてしまうのでは意味がありませんね。
鷹野:ですから、例え予算があったとしてもむやみに大量投下すればいいというわけではありません。そこで、適量の判断が必要なのです。
ーーCMに対して「食傷感」を感じ始める目安はどれくらいでしょうか?
鷹野:実視聴感覚で15~20回くらいでしょうね。出稿量で言えば、ひと月におよそ3000~4000GRPくらいです。もちろん、商品連呼型CMのようなクリエイティブであれば、より早く食傷感を感じてしまうこともあります。
ーーそれ以上に出稿する場合は、CMを改定しなければならないのでしょうか?
鷹野:そうです。その典型がソフトバンクの「ホワイト家族シリーズ」です。視聴者を飽きさせることがないように、適量でCM素材を改定しながらも、シリーズCMとしての蓄積効果があるので、次素材の到達効率はよくなります。視聴者が記憶しやすく興味が持続するように工夫されているんです。
ーー“鮮度”を確認しながら、CMを出稿していなければいけない。CMストリーミングリサーチでも、実視聴回数や食傷感をチェックする調査項目を組み込んでいますね。
鷹野:ティッピング・ポイントを越えつつも、食傷感を避けるために投下量を適切にコントロールする必要があります。そこにはCMのクリエイティブが大きく影響してくるので、CMの質と量、両方の関係から、効果の最大値を得ることが大事でしょう。ただ、CM戦略にそういった考え方を持ち込んでいる企業は、あまり多くないのが実情ですが。
※……次回は近年注目を集める「クロスメディア」についてお話をうかがいます。
【取材・文・写真 萩原雄太】