ダイレクトマーケティング課題の救急治療室
通信販売を始めとした、ダイレクトマーケティングの課題解決には、改善のため早急に適切なサポートを必要とします。その現場は、救急救命室さながらです。このコラムでは、今の通販業界の実情や、手遅れにならないためのアドバイスなど、読みながら学べるコンテンツをお届けします。
第1回-1:777インタラクティブ福田敏也さんと語る “デジタルエージェンシー進化論”(前編)
第1回目のゲストは777インタラクティブの福田敏也氏。福田氏も審査員に名を連ねる第10回東京インタラクティブ・アド・アワードの総評やデジタルコミュニケーションの今後について、スパイスボックス デジタルコミュニケーションデザイン局 局長 山田喜幸との対談形式で、全2回にわたってお届けします。
東京インタラクティブ・アド・アワードの受賞作に見る
これからの企業ブランディングとデジタルコミュニケーション
山田 はじめに、7月28日にグランプリの発表があった東京インタラクティブ・アド・アワード(以下、TIAA)についてお話ししたいのですが、第10回という節目を迎えた今回は“でじでじしない”というテーマが掲げられていました。まず、その意味を教えてください。
福田 “でじでじしない”という言葉を考えたのは、審査委員長の伊藤直樹さんなんだけど、そもそもTIAAは、でじでじしてないんだよね。東京インタラクティブ・アド・アワードという名前だから、“インタラクティブ”が言葉として目立つし、贈賞対象はデジタル領域のものだけど、デジタルだから新しいと考えて審査しているわけでもない。
コミュニケーション全体の中でデジタルがどのように使われたら効果的か?とか、新しい技術がどう使われたら面白いか?を考えるのが、インタラクティブデザインの基本だと思う。
だから、デジタルというところに、狭めすぎないというか、より広い視点でデジタルの意味合いを捉え、デジタルじゃないことのあり方も考えて、コミュニケーションそのものをどう変えていくのか?を考えたい。
“でじでじしない”という言葉は、アワード側のアナウンスメントとして、TIAAにエントリーする人やマスメディア系をドライブしている人たちなどに対して、インタラクティブだからデジタルというような狭い話をしたいわけじゃないんですよとか、若い世代に対してもWebサイトがどうとか、アプリがどうとか、単品のクオリティも重要だけど、より広い視点でエントリーして欲しいという意思表示の意味を込めているんです。
山田 デジタル業界からの内外に対するメッセージが込められているんですね。
福田 そもそもTIAAで上位入賞する作品って、海外でも上位入賞しているものが多いじゃないですか。そういう意味で考えると、かなり昔からでじでじしてないんですよね。でも日本の広告業界全体で考えると、TIAAっていうポジションはやっぱりインタラクティブっていう言葉がついている唯一の賞だから、まだまだマスメディアを中心としたクリエイティブで活躍する人にとっても、ちょっと特殊な存在であるかもしれない。でも「別に特殊じゃないよ」とか「デジタル村に閉じているわけじゃないよ」とか、次の世代の人たちに対しても、あえてアナウンスメントするっていうことに、きっと意味があるんだと思う。
山田 今回のTIAAのグランプリは、本田技研工業の『CONNECTING LIFELINES』だったんですが、この結果を見たときに、いよいよ来たな!という印象を受けました。我々はデジタルの世界で仕事する中で、別にPCサイトやモバイルサイトだけを作っているわけではなく、スマートフォンなどの新しいデバイスやデジタル家電なども含めて、「デジタルに関わるすべてが活動領域です」と言い続けてきたものの、なかなかそういったプロジェクトがグランプリにまで選ばれることはなかった。インターナビというカーナビ搭載の車とインターネット技術を融合させたプロジェクトが、堂々とTIAAのグランプリを獲った意味は大きいなぁと思います。
福田 企業が生活者に対して、自分たちがどういう企業なのか、自分たちのブランドがどういうブランドなのかを伝えるという全体図で考えると、広告が果たす役割がどんどん変わってきている象徴でもあるよね。ホンダっていうブランドを好きになってもらう、あるいは信頼してもらう、そのためにエモーショナルな広告を作る。その文脈とは別に、そもそもホンダが社会に対してできることとか、ホンダのリソースの中から生活者価値を切り出すとか、広告というよりはサービスそのものやブランドが社会とどう向きあうか。そこに足場を置いて活動としての広告を設計している。という意味で、今までの広告的な文脈のモノとはちょっと違う類のものだと思う。
ここ数年、サービスそのものをイノベートしていくことが、最大の広告であるということは濃く議論されてきました。インターナビというホンダ車が搭載しているカーナビサービスが、震災というタイミングでいかに社会に対し役立てるのか、それを具体的にかつ迅速にかたちにしたのがこのプロジェクトです。震災直後、救助のための道路復旧情報は公的HPからも全く公開されていなかった。そんな中、インターナビ搭載車の全国の走行情報は、通行可能な道路を判別できる極めて貴重な情報であることに気づいたホンダさんが、震災発生からわずか3~4日後には、走行可能な道路の情報をAPI公開した。それって簡単なことじゃないですよね、決して。勇気ある企業判断、迅速な対応、それらがあって始めて実現したことですよね。もちろん企業イメージアップを目的として実施したわけではないのだけれど、結果として最も強く骨太な企業広告として機能することになった。それが時代的であり、同時に高いレベルのデザイン性とユーザビリティをもった仕事であったことが評価のポイントだったと思います。
山田 これだけの大仕事をこれだけのスピード感で実施するというのは、並大抵の推進力では実現できないと思うのですが、どのような方が旗を振って進めたんでしょうね?
福田 今回のTIAAグランプリを受賞された電通ホンダチームの方は、いわゆるクリエイティブ系ではなくビジネスデザイン系の職種の方で、インターナビを含めたホンダのもろもろのネット系の仕組みや事業に対して、ビジネス文脈で日々知恵出しとお手伝いをしていらっしゃったようです。その活動があって始めて、このプロジェクトが可能になった。でも、最大の功労者は、ホンダさんという企業かもしれない。あのタイミングで、あの短い時間で、社内稟議を通して公開にまで至るって簡単なことではないですよね。
山田 “自分の業務領域は広告コミュニケーションだ”という固定観念にとらわれてしまうと、なかなかこういう発想は出てこないだろうし、こんなアクションは起こせない。クライアントのビジネスを毎日いっしょに考えるパートナーであることはもちろん、クライアントと社会とのつながりを常にイメージできていないと実現できないプロジェクトですね。
福田 クライアントのビジネスを一緒に考える人が、広告系の人なのかどうかということすら、どうでもいい時代に入っている感じがあるよね。広告のクリエイティブやっている人が、サービス設計そのものに関わってコンサルするっていうのはもう普通の話だし。クリエイティブと営業の境界線があるようでない状態になっているという状況があるかもしれない。ホンダの例も、信頼関係がなくてディープなお付き合いができていなかったら、実現しなかったかもしれないね。
山田 このホンダの受賞は、満場一致という感じでしたか?
福田 ほとんどそうだね。海外評価もすごく高くて、今年の春にD&AD*1のロンドンでの審査があったんだけど、D&ADのなかでも、Digital Design部門で、ぶっちぎりのイエローペンシル*2になったんだよね。
*1 D&AD…イギリスで約50年の歴史を持つデザイン&広告賞
*2 イエローペンシル…特に卓越したクリエイティブに贈られる賞
山田 デジタルをきっかけとして、生活者の新しい行動が新しい習慣を創り出すことが、我々の言っている“デジタルコミュニケーションデザイン”の1つのカタチだと思っているので、生活インフラに関わる新しく大きな価値を創造することができた今回のホンダのプロジェクトは、個人的にも非常に素晴らしいと感じています。
また、spiceboxがプロデュースワークで参加させていただき、TIAAの2部門で受賞したGoogle『未来へのキオク』プロジェクトも、“過去を甦らせる”とか“歴史をカタチに残す”という新しい習慣を、ウェブテクノロジーやソーシャルの力で実現できた事例だと思います。まさに、でじでじしない価値の創造かなと。
「デジタル」=「新しい」ではない
明快な目的の設定こそが、課題を解決へ導く正道
福田 デジタルであることを目的化しないっていうことも、当たり前なんだけど、とても重要だよね。デジタルだからすごいわけでもないし、デジタルだから新しいわけでもない。TIAAの今年のパネルディスカッションでも、たとえばFacebookが来るぞ!ってなったときに、「Facebookで何かしたい」っていうオーダーをもらうことが頻発するんだけど、Facebookでやるってことを目的化してもしょうがないという話をみんながしていた。同時に、「世の中にはなんのためにつくっているのか分からないものがあまりにも多すぎる」という話も出ていた。
かつてインターネットが珍しかった時代は、インターネットでやるユニークネスが評価されていたかもしれないけど、これほどまでにインターネットが普通のツールになった時に、それをやることの意味がさらに深く問われる流れになっているよね。Googleの『未来へのキオク』も目的は明快で、Googleにしかできないネットワークを使ったある種の社会活動だよね。TIAAのOneShow*3特別賞は、Googleの『未来へのキオク』に贈られた。誰のために何をするのか?それを企業がやることの意味や価値は?という点の明確さが、OneShow特別賞での重要な判断ポイントだったのかもしれないよね。
*3…カンヌと並び称される国際的な広告賞。クリエイターによる投票で受賞作が決まる。
山田 伊藤直樹さんの今回のTIAAの総評には、「審査の目が厳しくなっているんじゃないか」という言葉もありましたが。
福田 確かに、受賞しているものはどれも骨太だよね。小手先の話ではなく、骨太な活動が評価される流れがあった。あとは、やっぱりSONY『MAKE TV』とかmixiの『mixi XmasインタラクティブCM』のような、テレビっていうコミュニケーション装置の次のあり方は?という話は今後どんどん増えるとは思う。
TIAAの審査委員でもあった清水幹太さんが言っていたんだけど、テレビのCMでなにかしらフックになるようなものを入れて、ユーザーにアクションを起こさせるような仕組みって、やっぱり今までのマスを前提にしていなかったデジタル領域の仕事に比べると、特殊ではある。CMが流れた時間帯から10分以内に、いきなり何十万アクセスあるかもしれない。テレビって電波だから一度に見ている人の規模感がイメージしにくいけど、仮に視聴率が数パーセントあったとしても、かなりの人がアクセスしてくる可能性はある。そうなった時に、インフラとしてというか、ハードも含めた環境として、それを受けるデジタルの仕組みが安全に用意されていないと、本当の意味でのテレビとネットの融合にはならない。mixiの案件は、そういった負荷をあらかじめ想定して、きちんとシステム化されている点も評価のポイントだと思う。
山田 そうですね。私たちデジタルエージェンシーとしては、クライアントのビジネスにとって、そして、世の中にとって、本当の価値が何なのかを突き詰めて考えられるパートナーであることが求められる時代です。同時に、いままで誰も経験したことがないような高度なプロジェクトを成功に導くために、システムやインフラ面でのフィジビリティ(実現性)に対して確実にコミットできることが求められています。スパイスボックスは設立当初からデジタルコミュニケーションのプランニング&プロデュースのプロフェッショナル集団ということを掲げ続けていますが、今回のTIAAの受賞プロジェクトを考察してみても、その期待がさらに高まっている実感がありますね。
後編<企業のビジネスパートナーとして、エージェンシーのあるべき姿とは?>へ続く
【福田敏也氏 プロフィール】
株式会社トリプルセブン・インタラクティブ代表取締役、クリエイティブ・ディレクター。
1982年、博報堂入社。CMプランナーとして数多くの企業のCM制作にたずさわったのち、1996年博報堂電脳体設立とともに ネットクリエイティブの世界へ。
2003年独立し、トリプルセブン・インタラクティブをスタート。広告の枠を超えて企業のコミュニケーション活動をサポートし、数々のヒット施策を生み出し続けるインタラクティブ領域の第一人者。
カンヌ国際広告祭金賞、NY Oneshow金賞、東京インタラクティブアドアワード金賞など、国内外広告賞受賞多数。
NEW YORK ONE CLUB会員、NYADC会員。武蔵野美術大学非常勤講師、多摩美術大学非常勤講師。